支援報告 皆様に頂いたご支援報告を掲載しています。

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ラカチュリ村教室引き渡し式報告

ラカチュリ村教室引き渡し式報告

 今回最後の校舎引き渡し式でした。
 パルパ県ではなく、お隣のノワールプラシ県の山奥の峠に建つ学校です。

 この学校には幼児教室を支援させて頂きました。
 校舎の壁に日の丸(まあ、○ではなくて□の縁取りがあると、もっと良かったのですが)とネパール国旗、ヒマラヤの山々と花や鳥が壁面に描かれた校舎でした。
http://dzenjapan.blogspot.jp/2015/04/blog-post.html

チャナンタール村教室引き渡し式報告

チャナンタール村教室引き渡し式報告

 ホームページでも中途報告をさせて頂いた、シャンカル小学校です。校舎も運動場も村の畑や家も流されてしまったチャナンタール村にあります。
 県や政府の援助で建てられた3教室とD.ZEN Japan(Mさん)の寄付でできた4教室ができあがっていました。トタン屋根ですが、だからこそできる採光も塗装もきちんとできていました。

http://dzenjapan.blogspot.jp/2015/03/blog-post_14.html

ブッダビカス村教室引き渡し式報告

ブッダビカス村教室引き渡し式報告

 目にも鮮やかなピンクの校舎ができあがっていました。開校式と重なって、盛大な校舎引き渡し式になりました。県の偉い方達もお見えになっていたので、いろんな方達の祝辞で式が長くなっていました。主賓は最後に話すのがネパールの通例のようですが、夕食までに帰れなくなるので、途中で話をさせて頂いて、村を後にしました。
http://dzenjapan.blogspot.jp/2015/03/blog-post_13.html

ラダクリシュナ村教室引き渡し式報告

ラダクリシュナ村教室引き渡し式報告

 4時間ジープに揺られて到着したラダクリシュナの村では、150人ほどの生徒達が出迎えてくれました。とても綺麗な塗装が施された立派な校舎ができあがっていました。
 以前に「パルパの兄弟緊急手術」の支援で手術の成功したタパ君が、1時間もの道のりを歩いて顔を店に来てくれました。
http://dzenjapan.blogspot.jp/2015/03/radakrishna.html

女子高等教育基金

女子高等教育基金01

 新学期から運用が始まった、M基金、K基金による女子高等教育基金の報告です。
OKバジさんとしても初めての試みで、運用開始までに時間が掛かりましたが、新学期から始動しました。
ビンドゥー・アチャーヤさん(写真右)、リタ・バタックさん、アスミタ・タクリさん、プラチャッチャ・ドムさんの4人の女性に授業支援が始まりました。

女子高等教育基金02

 ゲザ郡バルダレ村のビンドゥーさんは13人家族で4人の兄がいるため学校は諦めていました。今回の支援で経済学が勉強できるようになりました。
ビンドゥーさんには2月にタンセンで会ってきました。詳しくはD. ZEN JAPAN 支援報告のページでご覧下さい。
http://dzenjapan.blogspot.jp/2015/04/blog-post_14.html

女子高等教育基金03

 ヘッケラン郡ラムタール村のリタさんは農業を営むご両親と4人の兄と妹さんの8人家族です。彼女の夢は教員になることです。政府認定の校長資格のある教員になりたいと思っていましたが、学費の目途が立たずに諦めていました。今回の学費援助で教員を目指して勉強ができます。

女子高等教育基金04

 ヘッケラン郡チャンギシ村のアスミタさんの小さい頃からの夢は教員になることでした。自分たちの国の教育水準が低く、今でも開発が進んでいないことが残念でしかたありません。子ども達に必要な知識を伝え、明るい村作りに繋がる教育をするのが彼女の夢です。

女子高等教育基金05

 ジャナカラヤン郡のプラチャッチャさんは5人家族ですが、ご両親の農業収入では進学が望めませんでした。彼女の夢は、アマサムワという女性グループを自分の村にも設け、村の開発のために力を注ぐことです。

ルンバック村水支援

ルンバック村水支援01

ルンバック村水支援02

 ルンバック村の水場が完成しました。
皆さんのご寄附でようやくお金が渡せました。
物は既に昨年の10月14日にできていて、OKバジさんが引き渡し式に出席してくださったのですが、D.ZENからの寄付金の送付が必要額に届かず、遅くなったのです。でも、工事は緊急を要するということでOKバジさんが立て替えてくださって、工事ができました。

ルンバック村水支援03

シャンカル小学校建設中途報告

シャンカル小学校1

 皆さんに支援をお願いしていた、ノワールプラシ県ラカチュリ郡のシャンカル小学校です。
 災害から半年が経ち、何もかもが流されてしまった小学校跡も、たくましい植物の生命力を感じさせる風景に変わっていました。今年の1月6日にバジさんが行かれたときの様子です。子ども達は今、かろうじて残った壊れかけの教室で勉強しているとのことです。

シャンカル小学校2

 出迎えに来てくれた村人達です。
 みんなバジさんに助けてもらえることを喜んでいます。この小学校は、ご寄附を申し出て下さったMさんのご厚意で再建の目途が立ちました。
 D.ZEN Japanが橋渡し役をさせて頂くことで寄付金全てが直接村に届く支援になりました。

シャンカル小学校3

 前回9月に来たときには、時間の都合で見てもらえなかった自分たちの田んぼを見て欲しくて。
 信じられないような広範囲の水田が土石流に埋まってしまったのでした。この石の下に青々とした田んぼがあったなんて.....

シャンカル小学校4

 こんな巨大な石の下にも田んぼがあったのです。

シャンカル小学校5

 バジさんが村の代表とシャンカル小学校の教師達(右側)に小切手を渡しているところです。
 必ず、複数の人数、複数の団体のいるところで渡します。人の心の弱さを知り、弱さの忍び込まないような方法をとってあげる思いやりです。
 バジさんは、暖かに裏打ちされた厳しさを曲げることがありません。

シャンカル小学校5

 バジさんが渡して下さった小切手

 左側にはD.ZENの字が、そして、右側には390,000ルピー(現在1円=0.96ルピー)の金額が見えます。一度に全額は渡しません。工事の様子を見ながら、3回に分けて支援するのが通常です。

シャンカル小学校5
バジさんからの手紙です
※クリックで拡大できます

 学校名がジャンタ小となっていますね。写真から見て、以前皆さんにシャンカル小としてお知らせした学校に間違いないと思います。バジさんも時々名前の勘違いをなさいます。今回はJantaとなっていますから、こちらが本当の名前でしょうね。でも、the Pipe はシャンカル小と言って始めてしまいましたから、シャンカルでいきましょうか。(笑)

バイオガストイレ

バイオガストイレ1

バイオガストイレ2

 バイオガストイレの報告がやっと届き始めました。

 これで、この家族の子ども達や女性達が長い時間をかけて薪拾いに行く必要も、畑の肥料を買う必要もなくなりました。煙のでない火で煮炊きができるようになり、糞尿が家の近くにある不衛生な状況から抜け出すこともできました。

 浮いた時間が家族の労働時間や学習時間になり、今までとは違った、少し安全で豊かな暮らしに移行してくれるだろうと思うと嬉しいです。

 この人達が木を切らなくなりますから、今特に深刻なネパールの水不足にほんのちょっと歯止めがかかり、大きく言えば地球を温暖化から守る事にもなったかと思います。

 添付した写真はみんさんから頂いたご寄付でバイオガストイレを作れた家族の写真です。
 感情を表すのが苦手な人達なので、ニコニコ顔ではないかもしれませんが、彼らがみなさんのご恩を忘れることはないかと思います。毎日見ますしね。(笑)

詳しい報告と大きな画像の写真が多数 dzenjapan.blogspot.jp に載っています。是非ご覧下さい。

パルパの兄弟緊急手術

パルパの兄弟緊急手術1

 昨年は、緊急手術が必要になった兄弟への支援で、大変お世話になりました。

 6月に支援金を送ったのにも関わらず、御報告が大変遅れまして申し訳ありません。皆様に御報告できる材料がやっとそろいましたので、御報告をさせて頂きます。

パルパの兄弟緊急手術2
バジさんからの手紙です
※クリックで拡大できます

 今年ネパールでは、雨期に大洪水が発生し、バジさんは8月行以降が大変忙しくなったようです。また、3月14日にバジさんのネパール在住20周年記念行事への協力も求められて仕事が錯綜し、私たちへの報告が遅くなってしまったようです。

 事情が分かりましてから、三重のOKSSさんにもお願いして8月時点での報告も取り寄せ、写真もお借りしたりバジさんから送ってもらったりしたため、心ならずも遅くなってしまいまいました。なにとぞお許し下さい。

 写真の解説をさせて頂きますと、まず最初の写真がバジさんから今月になって頂いた礼状です。

パルパの兄弟緊急手術3
バジさんからの手紙です
※クリックで拡大できます

 次の写真は、三重のOKSSさんが昨年の秋にバジさんから頂いたという報告です。その前に、お兄さんの手術が失敗し、弟さんだけが生き残ったという連絡が電話で入ったようです。

パルパの兄弟緊急手術4

 次の写真は、タパ君の退院の日の写真です。
 右上がその日のタパ君。笑顔が出ています。右下はタパ君達兄弟の手術をしてくれた執刀医、ティーチング病院の医院長である、コイララ先生(Dr. Bhagwan Koilala)だそうです。左上はOKバジさんとタパ君とタパ君の一番上のお兄さんのスリエさん、左下はお母さんとタパ君です。

パルパの兄弟緊急手術5

 最後の写真は、通院の時の写真です。
 右上は、退院の日にOKバジさんがタパ君にあげた退院祝いで買ったTシャツを着ているところだそうです。右下は小さくなったお腹。左上はタパ君が飲まなければならない薬の山で、左下は一番上のお兄さんのスリエさんと、カトマンドゥでOKバジさんの活動を補佐してくれているロスさんです。2人で薬の飲む量と飲み方を確認しているところだそうです。

 皆様への御報告が遅れたこと、何卒お許し下さい。
 今後とも、ご理解ご支援を頂けますようお願いいたします。

障害を持つミンダ・シュレスタさんご一家への支援

ミンダ・シュレスタさんご一家

バジからの手紙
バジさんからの手紙です。
※クリックで拡大できます。

ミンダ・シュレスタさんご一家とバジ

 この6月に普濟寺(D.ZEN JAPAN所在地)でOKバジこと垣見一雅さんとネパールからのお客様に講演をしていただきました。その時私達が差し上げた講演料は、いろんな方の支援にまわったようです。
  一つ目は体に障害を持つ、Minda Shrestaさんご一家への支援です。

 私達はバジさんに何かの支援に使って下さいとお願いしたんじゃありません。うちの寺で講演をして下さったときの講演料を差し上げただけなのです。

 それが、こんなに素敵な支援になりました。
 学校の制服が買えない子ども達に制服をプレゼントするために、制服を買うのではなくMindaさんに縫って貰ったと言うのです。その結果、労働報酬として6400ルピーがMindaさんに渡りました。

手紙には、学校制服を1枚80ルピーで縫ってもらったとあります。布、意図、ボタンその他の材料とこの縫い賃を合わせると、1枚250ルピーで制服が1枚できるそうです。2万円という少額で80枚の制服ができたそうです。

 パルパの小学校では、みんなこういう青い制服を着ます。子ども達はどんどん体が大きくなりますし、1着を毎日着るのでほぼ1年しか服がもちません。毎年制服を買うことが負担になる家庭も多いのです。

 障害を持つ家族に仕事を持っていくことで成立する支援。障害を持つ方が自分の労働報酬として、胸を張ってもらえる支援。素敵じゃありませんか?

ビマーラさん、大学学費支援報告

ビマーラさんとバジ

 私たちがこの6月にバジさんにお渡しした支援金が、Bimala Pariyar さんの大学での学費になりました。Bimalaさんは、今年20歳で、タンセンのJVTキャンパスで学ぶBBS(Bachelor of Business studies)の1回生です。

 女性にも優秀な若者はいて、できることならもっと勉強したいのですが、授業料が大変です。

 タンセンの大学の授業料は理科系で24,000円程度、文化系で18,000円程度(年間)だそうです。
 これは下手をするとネパール人の一年の収入に匹敵する額になります。女子が親から引き出すのは確かに大変な額です。

 しかし、ネパールは女性蔑視の傾向が強く、女性がもっともっと社会に参画して行く必要のある国です。Bimala7さんが高等教育を受けた女性達の1人として、女性達をリードしていく日を夢見て、この支援金は使われました。

チース村の取水口工事

チース村の取水口の写真01

チース村の取水口の写真02

チース村の取水口の写真03

 天候不良のため、川が氾濫して水田へ水を引き込む取水口が壊れてしまいました。
 4ヶ月以内に完成しなければ稲作の始まりに間に合わなかったため、村の男達だけの力では工事を完成させることはとても望めず、飢えがやってくる状況でした。

 石を火で熱し、水をかけてから石ノミをいれるという方法で、気の遠くなるような作業を続けるのには人数が必要でした。近隣の村に支援をお願いするのにも、無料でというわけにはいきません。日当にはとてもならないような金額であっても、気持ちとして出すのが習わしです。

 私たちは、寄付金をお願いするポスターを作り、寺の掲示板や墓地や近くの御寺院に「チース村の方々を助けて下さい!」と訴えるそのポスターを貼らせていただきました。

 しばらくすると反応が出始めました。

 寺の郵便ポストに「ネパールに使って下さい。」と書かれた紙切れと一緒に現金が入っていたり、寺の受付に存じ上げない女性の方がお名前も知らせずに寄付金を置いて行かれたりです。あるお爺ちゃまは「孫達が言い出して、毎年24時間テレビのために貯めている貯金箱なんだけどね。今年は、今までの分はネパールにあげたいって言うから。」と小銭のいっぱい入った貯金箱を持ってきて下さいました。尊い尊い2,735円でした。そして、知り合いが協力してくれたりもして、とうとう10万円程の寄付が集まりました。チース村の予算の半分にも満たない額でしたが、私にとって、これが最初の支援でした。

 埼玉のボランティア団体さんの出してくださったお金と合わせて工事が完成しました。

 できた取水口の写真をご覧ください。○の部分が取水口です。ここから水を水路に運び、急な傾斜で下っていく川よりも緩やかな傾斜の水路は、徐々に川との高低差を生んでいきます。3.4km下ったところにチース村の水田があります。

 写真は5月のものです.水の引かれた水田に青々とした緑の稲が育っています。水さえ引ければ、1年に3回ほど稲作りが出来るそうです。

このPDFは、寄附をしてくださった皆様へのご報告として作成した物です。ご覧下さい。

ドリシェニ村の先生のお給料基金

再開したドリシェニ村の小学校

 ドリシェニ村では、学校の先生が来てくれなくなって、もう何年にもなりました。先生にお給料がきちんと出せなくなってしまったのです。月に2,500円出せれば、また来てくれる先生を捜すことも出来るかもしれませんが、村に余裕はありません。そこで学校の先生基金が月2,500円の利子を生むように支援しました。
 偶然、テレビ東京さんがバジさんの取材に来て、私たちの送った基金をバジさんが村人達に手渡す場面を撮影してくれました。

 その後、OKバジさんが送ってくれた写真です。学校に子ども達が戻ってきました。

地域のYouth Clubのコンピューター担当養成

地域のYouth Clubのコンピューター担当養成の写真

 D.ZEN Japanからの要望と地域のYouth Club の要望が一致しました。彼らも自分たちの手で出来ることを増やしたいのです。学校に通う授業料を負担しました。

 まだ、結果は出ませんが、こういった事への支援がD.ZEN Japanの今後の活動に貢献するものと考えています。

ナワドゥルガ小学校校舎建設

古い校舎の写真

 左の写真のような風も雨も入りたい放題のこんな教室で子ども達が勉強していたので校舎建設資金を支援しました。

ナワドゥルガ小学校の様子

 やろうと思えばレンガを積んで2階を増築できる、鉄筋屋根の2教室の建築支援をしました。当面は今までにはなかった広い校庭として子ども達が遊べるスペースができました。

ナワドゥルガ小学校ジョラ基金

ナワドゥルガ小学校ジョラ基金の写真

 3人の奨学生を学校に通わせることの出来る奨学基金を設立しました。
 校長先生の意向で、本来授与されるお金の1/3の金額を9人の生徒に奨学金として授与することになりました。

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